2009年06月23日
早崎海峡と口之津灯台とアコウ樹
次回まで・5日間・です。
次回は 平成21年6月27日。
AM・10:00開場
申し込み見学・業者に限りOK!
会員申込・連絡・問合せ・ご相談・TEL。096-387-5343
仕事帰りに
口之津は
早崎海峡
早崎港による。
何と!
防波堤の
継ぎ目の
コールタールの
中に
彼は根を
出している。
”ど根性”なんて なま優しい 問題ではない。
条件は海の上だ しかもコンクリートの 隙間。
植物に 必要な 水もない。しかも
植物の対敵 コールタールの 中だ。
しかし 今までに 彼のこんな姿を
幾度となく見てきた。今度も 根を
落としながら 生き続けるに違いない。
今から 足重に 通いながら
見つめて行く事にした。
久しぶりの
長崎で
大手金融会社の
佐世保営業所の
撤退整理見積
であった。
帰りは
どうしても
早崎の海峡が
見たくて
千々石湾から
口之津~
島原コースを
選んだ。少年の頃海峡から眺める 白灯台を陸で見る。
小さくて 遠い光を 放つ 偉大な 口之津の灯台は
余りにも 小さかった。樹齢400年を越える 早崎の
港の”あこう樹”は 早崎の港を 取り囲み
別名”たびの木”は トンネルに なっていた。
少年の頃 養父と おんぼろ船で 進めない海流に
潮避けをした事を 思い出しながらの
早崎海峡であった。
熊本セリ市場
地図上クリック御願いします
熊本県商品
リサイクル事業協同組合
上クリック御願い致します
次回は 平成21年6月27日。
AM・10:00開場
申し込み見学・業者に限りOK!
会員申込・連絡・問合せ・ご相談・TEL。096-387-5343
口之津は
早崎海峡
早崎港による。
何と!
防波堤の
継ぎ目の
コールタールの
中に
彼は根を
出している。
”ど根性”なんて なま優しい 問題ではない。
条件は海の上だ しかもコンクリートの 隙間。
植物に 必要な 水もない。しかも
植物の対敵 コールタールの 中だ。
しかし 今までに 彼のこんな姿を
幾度となく見てきた。今度も 根を
落としながら 生き続けるに違いない。
今から 足重に 通いながら
見つめて行く事にした。
長崎で
大手金融会社の
佐世保営業所の
撤退整理見積
であった。
どうしても
早崎の海峡が
見たくて
千々石湾から
口之津~
島原コースを
選んだ。少年の頃海峡から眺める 白灯台を陸で見る。
小さくて 遠い光を 放つ 偉大な 口之津の灯台は
余りにも 小さかった。樹齢400年を越える 早崎の
港の”あこう樹”は 早崎の港を 取り囲み
別名”たびの木”は トンネルに なっていた。
少年の頃 養父と おんぼろ船で 進めない海流に
潮避けをした事を 思い出しながらの
早崎海峡であった。
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2009年06月12日
宮崎。真幸駅の幸福の鐘。
宮崎・真幸(マサキ)駅は 管理おじさんには
何故か寂しさを感じる。
昭和42年に 妻を熊本まで 迎えに行った。
思いが 残っている。昔からさびしい駅で
宮崎側の スイッチバックの 駅である。
静かで 背景が自然の多いところはそんなに
急いで 時代は 変わっては 行かない。
今は 幸福えの願いと 観光を 含めて
訪れる人も 多くなった。
プラットホームの 幸せの鐘がカランカラン
もし 鐘で幸せが来るのなら 家の玄関に
”鐘”を 吊り下げた だろうに。
ブッブッと言いながら 団塊の意地悪親父は
山の駅の感傷に浸る。何が不満なのか?
もう 時代は 過ぎたのだ。今は 楽しみを
感じる時だ おじさん!鐘でも 鳴らして
幸福になろう 人並みに !
熊本セリ市場
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2009年06月09日
東洋のナイアガラ曾木の滝
ナイアガラ
曾木の滝は
たいへんな
広さであった。
岩石の上から
その溝を伝い落ちる 様は雄大そのものであった。
そして近代日本の祖 政商 野口遵翁はここにも
居られた。曾木電気を設立・曾木水力発電所を
つくり・工業・電気・朝鮮コンビナート・日本チッソ・旭化成
・日本カーバイト・中国電力と戦前の 日本の 礎に
成った人だ。その後 水俣病などの 要因にも成るが
九州・日本・アジア・に残した 翁の功績は大きい
現在の水力発電の祖だ。旭化成や
日本チッソの元の八代。鏡のアンモニア会社も
又 戦前の起業の過程に消えが
翁の 功績には 違いない。
美しい曾木の滝・曾木ダムの
裏に 激しく身を燃やし
尽きた 男の夢を感じた。
翁が 愛した女性の名前が付いた
寄贈橋は 八代・鏡の工場・港に
現在も 残っている。夢の大きさと
人の大きさと 事業えの執念と
並外れた人えの愛の深さを
感じないではいられなかった。
愛し続ける故郷・湯島へ
2009年06月05日
初夏の 漁師の里の 乙女の祈り。
帰島して 一番最初に
気ずいた
”サルスベリ”
花だ。
海里の
長者の姫娘を
親が 暴れる竜神に捧げようとした時
この国の 通り合わせの 王子が
黄金の船に乗り 竜神と戦い 姫を救う。
姫は 王子に烈しい 思いを よせる。
王子は 遠征の途中なので 姫娘に
百日先の 再会を約束する。姫娘は 百日間
恋焦がれて 思い待つが 合えずして死ぬ。
百日目に 現れた王子は 嘆き悲しむが
遺体を島の海岸に ねんごろに 葬った。
やがて王子が 初夏の島に 立ち寄るたびに。
姫を埋めた所に 毎年薄紅色の 花をつける木を
知る。その花は 王子を 思い待ちつずけた。
姫に 代わり百日間 咲きつずけると言う
百日紅は 悲恋の花だ。王子が 名ずけた
薄紅色の 花 百日紅は
今日も 島里の 海岸に 咲いていた。
百日紅の咲く 湯島へ
2009年06月01日
世界の海はどこに。
余りにも 写りが良かったので
拝借に 及んだが
後輩だから
いいかと
思いながら
アングルの
素晴らしさに感動している。
島原.口之津の上から日が落ちる様を 湯島からみる。
この夕日を 故郷に足を向けなかった昔。想像しながら
偲んだ事を 思い出す 社会に反逆すればするほど
気ずかぬ内に 故郷は 遠くなってしまう自分の心に
ジレンマを 感ずる青春があった。
何度 有明。早崎の海峡を 出て 世界の海を見たい。
と思いながら 都会え 海も 世界も
夢も存在しなかった。引き帰ることも出来なかった。
社会に 反社会に動く自分に
「ほんなもんの おっじゃなか!」
と 心で 叫び泣く 青年がいた。
万感の夕日は どうしょうもない 昔を掘りおこす。
夕日の海里 湯島
2009年05月28日
湯島と島磯うに
熊本日日新聞記事(21・5・27)
上天草市
大矢野町の
湯島小・中学校の
児童と
生徒三十人が
二十五日、近くの
海岸でウニとりを
体験した。
地域の生きものに親しもうと、学校行事として
昨年から取り組んでいる。子どもたちは
金具やバケツを手に、ムラサキウニやバフンウニを
捕まえた。
潜水漁をする保護者からとり方を教えてもらった
子も多く、慣れた手つきで、
岩の合間にいるウニを鋭く見つけると、
「いた、いた」とはしゃぎながら次々に捕獲。
引率した先生たちも「たくましい」と感心していた。
湯島のウニ漁は一日解禁で、七月いっぱいとれるという。
新鮮な食と 新鮮な人にめぐり合える 湯島ヘ

上天草市
大矢野町の
湯島小・中学校の
児童と
生徒三十人が
二十五日、近くの
海岸でウニとりを
体験した。
地域の生きものに親しもうと、学校行事として
昨年から取り組んでいる。子どもたちは
金具やバケツを手に、ムラサキウニやバフンウニを
捕まえた。
潜水漁をする保護者からとり方を教えてもらった
子も多く、慣れた手つきで、
岩の合間にいるウニを鋭く見つけると、
「いた、いた」とはしゃぎながら次々に捕獲。
引率した先生たちも「たくましい」と感心していた。
湯島のウニ漁は一日解禁で、七月いっぱいとれるという。
新鮮な食と 新鮮な人にめぐり合える 湯島ヘ
2009年05月24日
この地に 眠りたい。
湯島の登り
上がった
中間地点から
小石で
積み上げた
段々畑が
上え始まる。
我が畑は 一寸した その窪地(平地)の中の
高台に 3反ばかりの石積みの 畑がある。
子供ながらに 知らないおやじ(父)の
ロシアマントを翻し 馬で 疾走する写真の面影を
西の 口之津は 早崎海峡から 野茂半島
その向こうは 五島列島 福江
そこまでは漁師の 漁場の 足取りだ
しかし その向こうの支那海の 更にその先に
支那大陸がある。その地を想像しながら
見たこともない おやじの姿を 涙目で追っていた。
人の言う 寒いも 広いも 行って見なけりゃ解らない。
いつの日か 支那大陸に渡り 父を叫んだら
合えそうな気がしていた。鍬を持ち 畑仕事の合間に
立ち眺める西の空に 思いを馳せた。昭和32年の春
やがて10歳を向かえる頃の
リサイクルおじさんの寂しくて 悲しい話だ。
人々が先の時代に大陸に渡った島
湯島へ
2009年05月18日
天草・湯島・伝統・フカ狩
伝統の「フカ狩り」宿泊体験ツアー 上天草市湯島で6月15、16日


上天草市大矢野町湯島で
大正時代から
伝わる「フカ狩り」を
間近で見学する
宿泊体験ツアーを
地元の観光協会が
企画した。
六月十五~十六日で、
参加者を募集している。
湯島周辺の有明海に
生息するシュモクザメは
タイなどの有用魚を
食べるため、地元の漁師たちが毎年この時季に
はえ縄で駆除。二○○五年からは観光資源として
生かそうとツアーを実施している。 フカ狩り見学は
十六日早朝。前夜は湯島の旅館が、
参加者に地魚料理などを提供。見学会後は捕った
フカの料理を振る舞う。
その後、天草市通詞島沖でイルカウオッチングも
楽しんでもらう。
宿泊代、見学料などセットで一人一万千円。
湯島への渡船料は別途必要。
申し込み締め切りは六月十日。
上天草市観光協会は
「豪快な狩りの様子と合わせ、
人間と自然が共生する
姿を感じてもらえれば」
と話している。 TEL0964(56)2548。
湯島見学ツアーも…伝統の「フカ狩り」
大正時代から続く、有明海の伝統的な
「フカ狩り」が、
熊本・上天草市の湯島沖合で行われる。
フカ狩りが行われたのは、
上天草市大矢野町の湯島周辺の海域。
湯島周辺はタイの好漁場だが、
フカがタイを食いちぎる被害が多いことから、
タイ釣りシーズンを前に漁場を確保しようと
毎年行われている。
【期 日】 1回目
6月15日(月)前泊 ・ 6月16日(水)見学
※当日の見学時間は、
朝5時~9時を予定しています。
定期船時刻表
江樋戸港発 8:15 。10:00 。13:15 。
15:00 。17:30
湯島港 発 7:30 。9:00 。12:00 。
14:00 。16:00
【料 金】 11.000円 (宿泊代、
見学船賃、消費税込み)
※別途、江樋戸港~湯島港
往復運賃1,000円が必要です。 (30分)
【お申込方法】 電話またはFAXで当協会まで
お申し込みください。
【申込期限】 平成21年6月10日(水)
【お問合せ先】 大矢野町観光協会
TEL(0964)56-2548
FAX(0964)56-0990


上天草市大矢野町湯島で
大正時代から
伝わる「フカ狩り」を
間近で見学する
宿泊体験ツアーを
地元の観光協会が
企画した。
六月十五~十六日で、
参加者を募集している。
湯島周辺の有明海に
生息するシュモクザメは
タイなどの有用魚を
食べるため、地元の漁師たちが毎年この時季に
はえ縄で駆除。二○○五年からは観光資源として
生かそうとツアーを実施している。 フカ狩り見学は
十六日早朝。前夜は湯島の旅館が、
参加者に地魚料理などを提供。見学会後は捕った
フカの料理を振る舞う。
その後、天草市通詞島沖でイルカウオッチングも
楽しんでもらう。
宿泊代、見学料などセットで一人一万千円。
湯島への渡船料は別途必要。
申し込み締め切りは六月十日。
上天草市観光協会は
「豪快な狩りの様子と合わせ、
人間と自然が共生する
姿を感じてもらえれば」
と話している。 TEL0964(56)2548。
湯島見学ツアーも…伝統の「フカ狩り」
大正時代から続く、有明海の伝統的な
「フカ狩り」が、
熊本・上天草市の湯島沖合で行われる。
フカ狩りが行われたのは、
上天草市大矢野町の湯島周辺の海域。
湯島周辺はタイの好漁場だが、
フカがタイを食いちぎる被害が多いことから、
タイ釣りシーズンを前に漁場を確保しようと
毎年行われている。
【期 日】 1回目
6月15日(月)前泊 ・ 6月16日(水)見学
※当日の見学時間は、
朝5時~9時を予定しています。
定期船時刻表
江樋戸港発 8:15 。10:00 。13:15 。
15:00 。17:30
湯島港 発 7:30 。9:00 。12:00 。
14:00 。16:00
【料 金】 11.000円 (宿泊代、
見学船賃、消費税込み)
※別途、江樋戸港~湯島港
往復運賃1,000円が必要です。 (30分)
【お申込方法】 電話またはFAXで当協会まで
お申し込みください。
【申込期限】 平成21年6月10日(水)
【お問合せ先】 大矢野町観光協会
TEL(0964)56-2548
FAX(0964)56-0990
2009年05月09日
軍艦島
去年の 11月頃 水仙の咲く時期に
野母崎半島から
軍艦島を
見つめていたが
少年の頃
この角力の灘を
通り 長崎の港に
船を着けた
夢を よくみた何時の日か 軍艦島上陸を 望んでいたが
どうやら気持ちが 達成できそうだ。
初めて 長年見た夢を 現実に 迎える気持ちが
うれしくてたまらない。60才の 少年の心が 躍る
待つてて欲しい。
湯島から早崎の海峡を越え 千々石湾から
野母の岬を越えれば 端島(軍艦島)
2009年05月05日
海峡の思い。
仕事で 田ノ浦まで時間が あり
海を 見たいと思い。
御立岬まで ついつい
どこえ行っても
海と 船と 島だけは 見える所を 通過する。
八代海は 北は不知火 南は黒之瀬戸
向かいは樋の島天草 今日の この海峡は
温暖で まどろむ 冬の海であった。
眺めれば 養父の声も 船のエンジンの音も
太刀魚の さごし竿の唸りも
小波が 船べりを 叩く音も 今更のように
甦る。不幸な境遇と 自然の中に巣立った
幸福感と 相反する二つの 思いが
複雑に体を 駆け巡る。滾る熱さが
心臓をゆさぶるような・・・・
心のそこから ”生きてやる!”
”生き抜いてやる!”と 再び思う。
愛し続ける故郷・湯島へ
天草の学生さん下宿用品・家電を
お安くリサイクル品の販売。
2009年04月26日
玄海灘の棚田
佐賀県の 呼子のとなり 玄海町の 浜野浦の
棚田は 玄海の 大陸寒風が 吹き込む
”岬せど”に あった。ふと 草畑に 成ってしまった。
我が家の 島畑はどうなのか。
何とも 比較にならない模様が あった。生活の
匂いを自然に ぶつけながら 生産に勤しむ様は
自然の中に生えている。
美しいものは 美しいんだ。!
それ以外に 形容はない!
熊本セリ市場
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熊本県商品
リサイクル事業協同組合
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2009年04月22日
不知火の太刀魚
次回まで・6日・です。
次回は 平成21年4月27日。
AM・10:00開場
申し込み見学・業者に限りOK!
会員申込・連絡・問合せ・ご相談・TEL。096-387-5343
中学生にも
なっていたろうか。
養父と 私は
回遊する。太刀魚を
追って 島原沖から 牛深沖を 経て 不知火海に
入ってきたことが 度々 あった。夏の 初めから
秋口まで追う。 陸では 少年中学生であったが
すでに 養父は 大人青年の漁師扱いであった。
厳しい海の仕事であったが いい境遇に
恵まれなかった。 少年にとっていっぱしの
存在感がある大人に なれる時でも あった。
学校欠席も 何のことはない。仕事と 食うことが
世の中で一番大切だと 教える養父には
大切さの順番が 違っていた。古い時代の
思い出を 田ノ浦・御立岬で思う(管理人の戯言)
”幻の島大根”湯島へ
次回は 平成21年4月27日。
AM・10:00開場
申し込み見学・業者に限りOK!
会員申込・連絡・問合せ・ご相談・TEL。096-387-5343
中学生にも なっていたろうか。
養父と 私は
回遊する。太刀魚を
追って 島原沖から 牛深沖を 経て 不知火海に
入ってきたことが 度々 あった。夏の 初めから
秋口まで追う。 陸では 少年中学生であったが
すでに 養父は 大人青年の漁師扱いであった。
厳しい海の仕事であったが いい境遇に
恵まれなかった。 少年にとっていっぱしの
存在感がある大人に なれる時でも あった。
学校欠席も 何のことはない。仕事と 食うことが
世の中で一番大切だと 教える養父には
大切さの順番が 違っていた。古い時代の
思い出を 田ノ浦・御立岬で思う(管理人の戯言)
”幻の島大根”湯島へ
2009年04月19日
市房の里と桜
次回まで・9日・です。
次回は 平成21年4月27日。
AM・10:00開場
申し込み見学・業者に限りOK!
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水上の村里を
過ぎ 市房の
ダム湖を走り
やがて湯山峠を
越える。南郷 日向に至る。もう一方は 市房山を
周り込み米良から西都に いたる。
素晴らしき 眺望の極みだ。時には リサイクルも
商売も 生活も 企業も すべて何処かに預けて
楽しむことを優先出来る。生活環境で在りたい。
身に付いた セカセカ 動きは 団塊世代と
貧乏暇なしが ミックスされた独特の環境人を
生んでしまった。今度 生まれて来る時は
ユタット ユタ~ット を 思い続けて
生まれて 来るぞ!(4月初旬)
アコウ樹茂る 湯島へ
次回は 平成21年4月27日。
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水上の村里を過ぎ 市房の
ダム湖を走り
やがて湯山峠を
越える。南郷 日向に至る。もう一方は 市房山を
周り込み米良から西都に いたる。
素晴らしき 眺望の極みだ。時には リサイクルも
商売も 生活も 企業も すべて何処かに預けて
楽しむことを優先出来る。生活環境で在りたい。
身に付いた セカセカ 動きは 団塊世代と
貧乏暇なしが ミックスされた独特の環境人を
生んでしまった。今度 生まれて来る時は
ユタット ユタ~ット を 思い続けて
生まれて 来るぞ!(4月初旬)
アコウ樹茂る 湯島へ



